生い立ち

生い立ち1984年11月2日、三人兄弟の三男として誕生。
阿佐谷保育園で幼少時代を過ごし、西田小、松渓中、鷺宮高校を経て、東海大学理学部情報数理学科へ。
小さい頃は、引っ込み思案のマイペース。三男坊を絵に描いたような甘えんぼ(笑)
小学校時代は、放課後近所の荻窪児童館に通い、友達と遊んでいた。高学年からは、体力をつけようと西田サッカークラブに入り、汗を流す。

日本共産党との出会い 高校時代におこった9・11米同時多発テロをきっかけに、政治や社会のことに目を向け始める。都内の高校生が学び交流する「高校生平和ゼミナール」や、日本共産党を相談相手にして活動している民主青年同盟の活動を通し、原水爆禁止世界大会に参加したり、「高校生平和のつどい」を開くなど、平和活動に積極的に取り組んでいた。
そうした中で、もっと社会のことを深く学びたいという思いで、日本共産党に入党する。

ひどい政治に“もう黙っていられない”

酷い政治に“もう黙っていられない” 高校、大学時代に平和活動や学費値下げの運動、雇用の問題などに取り組んできた経験から、大学卒業後、民主青年同盟東京都委員会に就職。「高すぎる学費を何とかしてほしい」「人間らしく働きたい」といった青年の声に寄り添い、この実態を何とか変えようと奮闘する。
2011年、東日本大震災と原発事故を目の当たりにし、復興や事故にまともに寄り添わず、憲法破壊や、増税など暮らしや福祉を壊す政治にもう黙っていられないと、杉並(東京8区)から衆議院選挙に立候補。
2014年6月、慣れ親しんだ児童館などの区立施設のリストラや、認可保育園に入れず困っている若者の実態に背を向ける区政を変えたいと区議補欠選挙に立候補し、初当選。

区議会議員になって

区議会議員になって 自分が生まれ育った杉並がどんどん変わっていこうとしている中、一児の父となり、子どものためにも素敵な杉並を残したいと強く思っています。
「ブラック企業に勤めて心身ボロボロ。人間らしく働きたい」「認可保育園を増やしてほしい」「区立施設のリストラはやめて、児童館を守ってほしい」「高すぎる国民保険料を何とかしてほしい」「障がい者や高齢者が安心して暮らせる施設を増やしてほしい」
この間こうした多くの区民のみなさんの切実な声を聞いてきました。こうした声を直接区政に届けるため、全力で奮闘します。


プロフィール マサタケの政策 ブログ まさたけチャンネル Twitter リンク